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現在、大西克己連続身代わり殺人事件「アンビリバボー」放送で話題にあがっています。事件が起こったのは1958年でした。1958年7月に事の発端はおこります。

大西克己の画像1

結婚してからまだ一年半と幸せな時をすごしていた三浦さん、誰もが羨ましがるような夫婦でした。

大西克己逮捕

事件は下関で毒殺事件の容疑者として全国に指名手配されていた、大西克己30歳が逮捕されました。ここで問題が発生します。

大西は三浦という名で生活をしていたのです。しかも大西は戸籍を奪うために二人を殺害していました。

父母殺した男

山口県下関で1955年に近所の住人から死臭がすると苦情がはいりました。大西福松の自宅からは福松さんの遺体と、妻の遺体が発見されます。

死体の側には遺書が置かれており「私は父と母と三人心中しました。私も後を追います」と書かれていました。その家には大西福松さん夫婦と大西克己と妻が住んでいました。

大西克己の妻は妊娠のために病院に入院していたのですね。大西福松とその妻は死体解剖の結果、青酸中毒による死であることが判明します。

バラバラ殺人「硫酸でドロドロに」

事件はまだ続きます。1958年1月13日茨城県の千波湖の周辺で、人間の右と左の指と陰茎の入ったオイル缶が発見されるんです。オイル缶がみつかった付近を捜索すると、バラバラになった遺体が発見されます。

オイル缶に入れられたものと、バラバラの死体は一致しました。遺体には硫酸がかけられており、ドロドロに爛れていたとのことです。他にも遺留品が見つかっており、「狼花屋」とプリントされた旅館の手拭いが発見されました。

佐藤さん殺害

遺体の検視の結果、首を絞められて殺害されており、指紋を再現すると自転車強盗での前科がある、佐藤さんであることが判明しました。

佐藤さんは1月9日に西田という男を家に招きます。佐藤君にセールスマンをしてもらうから、身分証明書をわたしてほしい、と西田という男は佐藤に持ちかけます。

大西克己窃盗事件

1958年には全国に指名手配を配置して、犯人の捜索に全力をつくしました。大西克己は1947年1月に強盗をおこした罪で、懲役7年を求刑されて、さらに保釈中に窃盗事件をおこして懲役1年6か月の刑を受けていましたが、1951年には仮釈放をされていました。

指紋は同じで「写真が違う」

しかし、1957年の窃盗事件は三浦という名前で検挙されていたのです。二人の指紋は同じはずなのに、写真の人物が違うので、不審に思った警察は捜査をしました。

すると、三浦という人物は結婚して妻と生活していることが判明して、これは怪しいのではないかとなりました。

殺害を認める

手配から一週間後に大西克己は逮捕されてしまいます。本当の三浦も殺害されており、大西克己は父母殺しも認めて、佐藤さんの殺害も認めました。

大西克己の人生

大西克己は事件を繰り返しては、刑務所に入っているような人物でした。大西は妻が妊娠すると、父と母が冷たくなったといい、主な殺害動機をそういっていますが、会社の金を使い込み、金銭的にも困窮していたのが原因ではないかとされています。

父と母を殺して、会社の金130万を持って逃亡するんですね。

戸籍確保の為に殺害

戸籍を確保しなければならなくなった大西は、4万で戸籍を売ってくれるという人物に出会います。それが浦でした。そして三浦も殺害します。身元がばれないようにガソリンで焼くという最悪の処理の方法でした。

新たな身代わりを・・・

その後に工場勤務をしていたのですが、大西は酔っぱらって窃盗事件をおこしてしまいます。指紋をとられたので、身元がばれることを恐れた大西克己は、新たに自分のかわりになる人物を探します。

大西は佐藤さんと出会い、移動証明の売買をして、佐藤さんも殺害してしまいます。

死刑判決が下る

1959年に大西克己は死刑判決を受けています。控訴したのですが、通らず1965年に死刑が執行されました。