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高倉健さんが亡くなったという悲報がはいりました。映画俳優をしており、テレビ界、映画界を盛り上げてきた人物の死は、世間を悲しみの渦へと飲みこんでいます。

高倉健の画像

悪性リンパ腫にて死去

本名を小田剛一といいます。死亡が発覚したのは18日で、10日の午前に3時に、悪性リンパ腫で亡くなりました。東京都内の病院で命をひきとられて、83歳という人生を終えました。

映画界の鬼

高倉健さんは福岡県出身で、大学進学のために東京に上京するのですね。東映ニューフェイスとして、映画界に登場しました。

演技の経験などほとんどなかった高倉健さんでしたが、56年には「電光空手打ち」などの映画に主演で出演するなどして、世間にその名を知れ渡らせました。

数々の出演映画

60年代には高倉健さんの一大ブームが起きて、「網走番外地」「昭和残侠伝」「日本侠客伝」などなどに出演するなどして、映画界をリードしていきました。

「健さん」

「健さん」というニックネームで呼ばれ、お茶の間からの支持も沢山うけました。

テレビドラマに出演しない

テレビドラマにはほとんど出演しないことでも有名でしたね。映画俳優と自らを名乗るほど、映画界が好きだったようです。出演作品はなんと205本にもなりました。

「あなたへ」最後の映画

最後の出演作品は「あなたへ」でしたね。亡くなった妻を求めて旅をする刑事の役は沢山の人を感動させました。

持ち歩いている写真が

高倉健さんは財布の中には、震災の時、少年が被災地の残骸の上を荷物かついで、歩いている写真を持ち歩いていたそうです。人生の切なさをその写真から読み取ったそうなんです。

撮影場所を自分で確認

撮影される現場を自分で確かめなければ気が済まない性格だったようで、撮影がはじまる前に、現地を訪れて視察していたそうです。まさに映画界の鬼ですね。

高倉健がいたから

海外俳優からの尊敬の念もあつく、高倉健がいたからこそ、日本の映画俳優は馬鹿にされないですんだ、と云われるほどです。映画界に残した功績ははかりしれませんね。

逸話を紹介

他にも逸話がたくさんあり、高倉健さんだけ特別の料理のメニューがだされた時も、私も他の人の食べている料理と同じものにしてください、と云ったそうです。

沢山の感動をありがとう

一人の映画俳優が亡くなることは悲しいことですね。沢山の伝説とともに、最後をとげた高倉健さん、映画界の鬼の最後は人々に色んな感動を与えてくれるものかもしれません。

「高倉健死去の動画」