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テレビ番組「料理の鉄人」で一躍有名になった中華料理人、周富徳(しゅう・とみとく)が肺炎の末亡くなられたことが分かりました

周富徳

享年71歳。亡くなるにはまだ早すぎます。もともと横浜中華街のシェフで「ASAYAN!」こと「浅草橋ヤング洋品店」という浅草キッドが司会をつとめるバラエティ番組がスポットを当てたのが始まりでした。

弟の周富輝(とみてる)との兄弟対決などテレビで活躍する一方、プリンスホテルや滄浪閣で「周富徳のクッキング講習」も開き、若奥様たちはそこに通うのが当時のトレンドでした。

講習費がすごく高いのですが「私、プリンスであの周富徳の・・・」と自慢したいがために、また自分の経歴にハクをつけるために行く人もいましたね。

やがてブームも去り横浜中華街に本格的に戻ったら・・・!

弟の富輝が自分同様料理本を出すほどに成長したのを見届けると、今度は愛息子の志鴻(しこう)を売り出しにかかります。

そんなこんなで過労がたたったのか脳梗塞を患いました。そして療養生活に入り、テレビからは遠ざかっていました。

そして時が経過し、周の復帰説も出始めたころとんでもない輩が現れました。売れまくって大邸宅に住む周にお金を借りよう、というのです。売れるためならなんだってします!というその人とは・・・

あのエガちゃんも所属する大川興業の大川総裁!!周富徳と生電話!

ピッポッパとアナウンサーが周の自宅に電話します。時のころは23時すぎ。すぐアナウンサーから電話を受け取った大川総裁は「はい」と電話口に出た女の人、おそらく周の奥さんに声高らかに言います。

「富徳さんの大親友の大川です!周さんに代わってください!大親友の大川からだと言ってください!」奥さんらしき人は迷惑そうに「・・・分かりました」そして!20~30秒後、あの周さんが電話口に出ました。

大川総裁は開口一番「大親友の・・・大川、と申します!」しょ、初対面かい!!大川総裁は初対面の周さん相手に続けます。

「あの・・・50万円貸してくれませんか?」と。あ、あーのねー・・・!!その時テレビ前に突っ込んだ人も多いのではないでしょうか。

「・・・・」沈黙が続きます。「やっぱダメですよね?」がっかりする(がっかりするなよな)大川総裁に周さんは努めて紳士的に「それはちょっと」とやんわりと断ります。その時がバラエティ全盛期の周さんだったのではないのでしょうか。つくづく惜しい方を亡くしました