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ピアニスト・作曲家・編曲家・ 松岡直也は、3月末頃から体調不良のため入院してましたが平成26年4月29日午前10時22分に永眠致しました(享年76歳)。

松岡直也さんの画像

病に勝つことはできませんでした

前立腺がんだったそうです。

いつもりりしくてパワーのあるピアノが素敵でした。

7歳の頃から楽譜も見ず独学で学んだ ピアノを弾き始める

15歳の時、ピアニストとして プロデビュ-を果たした松岡さん。

翌年には個人のグループ「松岡直也カルテット」でコンサートなど精力的に活動を開始、才能をじわじわ見せるようになったのもこの頃です。

その後ラテン系のとりこになり編曲などを自ら手掛けるようになりました。個人のバンドの日本公演ではピアノ担当として登場して参加したり幅広く音楽を手掛けるようになりました。

兵庫で開かれた「ポートピア’81」のダイエー館の音楽も担当するなど、多方面にわたって活躍の場を広げていきました。

また、自身の活動30年の記念に『九月の風』というアルバムを発表。

有名になったはいいけれど・・・

一気に松岡の知名度が上がるのは良かったのですが、その顔が広く知られるようになったことでオーケストラ編成のコンサートが出来なくなりやむをえず解散するという憂き目にも合いました。

そこで、小人数によるグループを組み活動しました。。この中からは様々なミュージシャンが多数輩出されそれぞれに恩返しのように人気を保ちました。

中森明菜のために作った「ミ・アモーレ」が大ヒット

また、中森明菜のために「ミ・アモーレ」を作曲、この曲は日本レコード大賞を受賞しました。

CDにもなったプロレスラー・テーマソング

また、プロレスラー・藤波辰爾のテーマソングを作曲する顔の広い一面も垣間見えました。

近況としての松岡直也はコンサートなども盛んだった

また、1990年に入ってNHK教育テレビで放送された音楽番組の指導を受け持ち、若い人のコーチングに力を注ぎました。

そしてつい最近新しいアルバムを発表し、コンサート活動も盛んに行い、歳を感じさせない活躍ぶりでした。

駆け足の人生でした。安らかに眠ってください