Pocket

この記事は約 1 39 秒で読めます。

今年でデビュー20周年の歌手・華原朋美(41)

そんなわれらにとって永遠の「朋ちゃん」が、結婚寸前までいった恋人との破局を迎えたそうです。

華原朋美の画像

なんでもお相手は一般人の男性で、2人はかなりイイ線まで行ったといわれてますが、結局華原朋美からふったのだとか。

そんな華原朋美は現在フリーを貫いています。

理由としては、

「今年は華原朋美として20周年!仕事を第一に考えるべき!」

という事で、交際相手に別離の引導を渡したのだそうです。

でもね、朋ちゃん。

何も結婚したからと言って歌手という職業までやめるわけじゃないんだからさあ・・・。

歌手としての華原朋美は素晴らしいソプラニストで、確かに歌のうまさでもそこらの歌手に比べると群を抜いています。

でも、このこだわりようはちょっと、と思いませんか?

歌手・華原朋美としての誕生の歴史

もともと、華原朋美は遠峯ありさという、グラビアアイドルだったんです。

しかも、需要・人気ともにいまいちパッとしなかったのだとか。

そんな折、当時飛ぶ鳥を落とす勢いだった小室哲哉のヴォーカルオーディションを受けることを周りに勧められます。

グラビアアイドルとしては今一つでも、スタッフたちは打ち上げで歌う朋ちゃんの歌唱力を見抜いていたんでしょうねえ。

さっそく小室哲哉のヴォーカルオーディションを受けたところ、小室哲哉いわく、

「彼女の高音域は聴く人すべての感動の涙を呼ぶ!素晴らしい才能だ!」

と、凄い倍率の中から朋ちゃんをグランプリに選びます。

んでもって、遠峯ありさは自動的に封印され、小室哲哉直々に命名の「華原朋美」の誕生、となった訳なんです。

カンのいい人はもう、分かったんじゃないのでしょうか。

小室哲哉と華原朋美は同じイニシャルを持ちます。T・K。

これは、離れていても2人は一緒!という深い意味が込められた小室哲哉からの新恋人への贈り物だったのです。

なんか幼稚くさいことをするもんだな、小室哲哉!と思わずにはいられません。

かくして、「素晴らしい高音域に思わずあふれた涙」BY小室哲哉、とのお墨付きのキャッチフレーズで華原朋美は華々しいデビューを飾ります。

その時は1995年、小室ファミリーの絶頂期でした。

今や華原朋美の唯一の代表曲となってしまった I’m ploudをかかげて

これ見よがしな高音域ビブラートがどうしても耳に残るこの曲はやっぱりというか、大ヒットを飛ばしました。

なんせ恋人が敏腕プロデューサーですからね。

その寵愛を一身に受けた華原朋美は、またたく間に人気アーティストの仲間入りを果たしました。

華原朋美が歌う時は必ずと言っていいほど、小室哲哉が生ピアノで伴奏してましたね。

局の合間に見つめ合う2人、これは恋愛のまっさかさりだ、と誰もが理解できるくらいのアツアツぶりでした。

しかし、小室哲哉はやがて華原朋美を持て余すようになります。

一説では、華原朋美のアップダウンの激しさとその若さゆえの感情のぶれに小室哲哉が愛想を尽かした、と世間では言われてました。

そして1999年、2人は破局を迎えます。

そこからの朋ちゃんは見るも無残でした。

精神科通いが取りざたされましたが、あれは本当のことだそうです。

薬漬けでパンパンにむくんだ顔になった朋ちゃんは本当に、可哀想な感じを漂わせていました。

そして長い潜伏期間を経ての本格的芸能界復帰です。

スッキリとした様子で I’m ploudを完璧なのどで歌い上げる朋ちゃんは心から満足そうでした。

しかし、この頃は何だかエスカレートしてきた感じで、

「小室さん以上の人はいない」「あのままいたかった」

とまで、堂々とのたまうようになってきてるので、他人事ながら心配です。

朋ちゃん、小室さんはもうとっくに結婚してるんだよ。

そこんところを朋ちゃんにはきちんと今一度理解してほしいものですね。