
「恋のマジックポーション」などのヒット曲で知られるグラムロックバンド「すかんち」のキーボディスト、小川文明(おがわ・ぶんめい)が、死去しました。
弱冠53歳の若さでまだまだこれからという時でした。
ここのところのブログの写真を見てるとどんどん痩せこけていくのが分かり、長かった髪をバッサリ切ってからはさらにやつれたようで、心配されていた矢先の死去です。
死因はガンです。
2012年、食道がんの摘出手術を受けて完治したかと思われましたが2014年再発、脳ガン、肺ガンをはじめとして全身にガンが転移したのです。
この4月から入院して
、残念な結果となってしまいました。日本ハードロックシーンからまた一人重鎮が姿を消してしまいました。
すかんち、小川文明ってどんな人?音大の講師もしてたって本当?
小川文明は大阪府立堺東高校卒業後、大阪芸術大学に入学します。
専攻は芸術学部音楽学科作曲専攻です。
この頃もうすでにすかんちでキーボディストとして活躍する基礎はつちかわれていたんですね。
卒業後は44MAGNUM、MALTA、小曽根真、奥野敦士らのレコーディングやステージをサポートしながら自らのバンド探しも始めます。
そしてROLLY(50)、SHIMA-changらとの出会いがあり、社会人バンドとしてスタートを切ります。
すかんちの地元、大阪府高槻市ではすでに有名で、大阪のライブハウスでも集客力のあったすかんちです。
ですが、その頃のすかんちの
。転機は突然訪れます
ハードロックマガジン「ロッキンf」のアマチュアバンドの人気投票コンテストで見事首位を獲得、ロッキンfのサポートの元いきなり全国デビューを果たすのです。
ちなみに今はバリバリロックンローラースタイルのROLLYも当時は寺西さんという名前で、ヴィジュアルもサラリーマンのそれそのものだったんですよ。
いきなりのメジャーデビューに向けて3人は大幅なイメージチェンジを行い、華々しい姿と素晴らしい楽曲でデビューするのです。
その後の活躍は皆さんのご存知の通りです。
ベースのSHIMA-changが転落事故で車いす生活となりましたが、リハビリを頑張っています。
晩年は昭和音大の講師も務めていた小川文明。
多くの教え子、多くのファンが
。【すかんちのライブの動画】